排水溝にcicada

なんで、私が排水溝に!?


今から結果として死骸となるに至った虫ケラの一生の話をします。

恐らくそれはとても長い時間,例えばただ地中にいるとしたら気の遠くなるような時間を,実に地中にいたのでしょう。そして誰の意志とも知らず光の前に出てきて,殻を脱ぎ捨てました。展翅の可能性を手にしたそれは,理不尽に地の下で過ごした長い時間の意味を自ら生み出すかのように,激しく叫ぶでしょう。


ここで,それが地下で過ごした時間に意味があったかを問いましょう。意味があったとするならば?それは現実が理由で満たされていることを冀う気持ちかもしれないし,或いはその体から発されるとは思えない大音量の芸当に,驚いているのかもしれない。意味がなかったとするならば?それは有意味で現実が満たされることを希う気持ちかもしれないし,或いは音を出すことに,興味がないのかもしれない。


いずれにせよ,それが鳴くとき,殆どそれの生命は終わりに近づいているでしょう。だから,できることならずっと地下にいた方が良かったのかもしれない。でも,地上より少し低い所から出てきてしまった以上,トントン拍子に事は進んで,泣く暇も無く,地上で一番低い所に落ちていくしかない。


そうすれば良かったものを,何の幸運か,不運か,キッチンの排水溝に落ちてしまったそれがいた。それを見た人は,それは驚いた。そして,冗漫な文章を書いた。それは無意味で現実が満たされることを庶幾う気持ちかもしれないし,或いは静かにそれを供養するためかもしれない。




そういう所に,住んでいます。